真夜中のつれづれ

突然の介護、失職、就活……それでも笑って過ごしたい!

めでたく退院!がっ……

 入院して丸三ヶ月を迎える十日ばかり前、母の元に向かう私を呼び止めた看護師さん。
「もう、いつ退院してもいいって、先生が言ってましたよ」
「うわっ!いいんですか!」
「日にちが決まったら看護師か先生に伝えてください。あっ、今言って明日退院とかはだめですよ~(笑)」
「そっ、そうですよね。ハハハハハ……失礼します」(既に気持ちは母の所へ)


「よかった~。早く教えてあげなきゃ!」
 心なしか階段を駆け上がる足取りも軽い(運動不足解消のためエレベーターを使わないことにしているので)
「いつ退院してもいいって!」
「うん、お昼に先生が言ってた。お姉ちゃんも来たから言っといた」
「あっ、知ってたのね……えーっと、良かったね!」(一瞬、妙な間が(苦笑))


 退院が決まったのは本当に嬉しかった。先生も看護師さん達もリハビリのスタッフさん達にも、本当にお世話になった。
 が、退院後の事について、ケアマネジャー、病院の包括と家族の話し合いをした時に、時間になっても病院の包括の人は姿を見せなかった。
「ここの包括の人、結局お母さんに一回も会いに行ってないんだって言ってました」
「あー……」
「こんなんだから、ここの病院からの依頼は受けないことにしてるんだよ。無責任過ぎるんだもの。でも、お母さんの事は任せて!私、受けた仕事はちゃんとやるから!」
 なんて心強い言葉。
 退院前の検査やら何やらで、結局丸三ヶ月での退院となった。
 退院の日は、ささやかならが退院祝いもして、「やっぱり自分のベッドが一番いいね」なんて言いながら眠りについた。


 病院でリハビリを頑張った母だったが、まだまだ一人で安定して歩くことは出来なかったので、移動の際は誰かが支える必要があった。なので、寝てるときや用事があるときは携帯を鳴らすことにしていた。


 夜九時にベッドに入った母だったが、一時間後に携帯が鳴った。
 慌てて駆けつけると
「トイレに行きたいんだけど」
「オッケー」
 そしてまた十時に携帯が。
 結局その日はトイレに行くための携帯音が次の日の三時まで一時間おきに鳴った。
 いや~、退院初日だから緊張したのかもしれない。
 初日だったから、自分もまだまだ余裕があった。いや、そう思いたかっただけかもしれない……。


残りわずか

「6ヶ月はあっという間です」
 確かに入学式の日に担任の先生が言っていた。
「いやいやいや、6ヶ月もあるんだよ~」
と、内心、生徒である私たちは皆、そう思っていた。
 が!気づけば既に5ヶ月が過ぎようとしている。
 最近は卒業に向けてのテストの日々。
 もうすぐ介護施設での実習も始まる。
 残りの1ヶ月は、更に更に早いと感じる1ヶ月になるのだと思う。
 二十代から五十代。色んな職種や経験をしてきた人達の話を聞き、共に笑い共に泣き、就職が決まった時には家族のように喜び合える素敵なクラスメイトと学べている幸せを噛みしめている。

二者択一しかないのか?2

 一週間ほど経った頃、恐る恐る聞いてみた。
「リハビリ、少なくなって残念だよね」
「?」
「少なくなってないの?」
「今までと同じだよ」と母。
「時間が短くなったとか?」
「一時間みっちりやってるけど~」
「……」


「今ほどリハビリできませんけど」って言ってたのは何だったんだ?
 そもそも転院か施設かの二者択一って……
 包括担当の人は、最初のお金の話以来、全く相談にのってくれることもなかった。
 病院事情に詳しい姪や、色々調べてくれる姉が居てくれたから何とかなったけれど、自分一人だったらと思うと怖くなる。
 オロオロしながら転院を繰り返していたかもしれない。
 きっと、そんな人たちも沢山いるのかもしれない。


 幸い、母のやる気を引き出してくれるリハビリスタッフのおかげで、退院までの二ヶ月間の密度の濃いリハビリで、自分で起き上がり、見守られながら自力で車いすに移れるまでになっていた。
 そしてこの間、自宅で暮らせるように自宅改修も終わり、リハビリのためのデイサービスの施設も決まった。
 安全に過ごせるための福祉用具も、母が帰ってきたらいつでも設置できるように打ち合わせ済み。


 「退院の許可、いつ出るかな~」
っと、退院したその日からの介護生活が、すっかり頭から抜けていた……

二者択一しかないのか?

 五月初旬、入院から1ヶ月が過ぎ、やっとリハビリができるようになった母。
 起こしてもらい、車いすに乗せられ、それでも楽しそうにリハビリに向かう。
「ああ、もう大丈夫」と少し安心していた矢先、
「急性期も過ぎて病状も安定しましたから、転院してリハビリを続けるか施設に入るか、ご家族で検討してください」
と、まさかの二者択一。
 リハビリは始まったけれど、ほぼほぼ動けない母の転院って……
 第一、楽しそうにリハビリに向かう母になんて言おう……


「包括病棟は駄目なんですか?」
「行けますけど、リハビリが今ほどできませんよ」
「相談してきます……」


 どんな病院が向いていて、リハビリ専門のデイサービスや施設がある事も、少し学んだ今ならば分かることも、知識の全くないこの頃は、ただただ戸惑うばかりだった。


「包括病棟に移してもらって、少なくなってもリハビリ続けてもらえばいいんじゃない?」
 姪の言葉に背中を押され、包括病棟に移ってリハビリを続けたい旨を伝えると、
「あっ、そうですか。分かりました~」
と、笑顔で了承。
 次の日、会社帰りに病院に行くと母の姿はない。……ない?いない!
 慌ててナースステーションに行き「母はどこに行ったんでしょう?」の、何とも間抜けな質問に、
「あっ、今日、包括病棟に移ったんです」
(仕事早いな~)と思いつつ、
「お世話になりました」と、お礼を述べつつ母の元へ。


「遅かったね~。お疲れ様」
 同室の人たちとも打ち解けた様子の母が迎えてくれた。
 この日から、この包括病棟でリハビリをしながら退院を目指すことになった。


ケアマネジャー

「じゃあ、来週の水曜日、午後一時に病院のデイルームで待ち合わせね。お願いしてる人は、前の会社の人の中で一番仕事が出来て、一番信用のおける人なんだよ。その人が紹介してくれる人なんだから間違いないよ」
と、心強い言葉を胸に、姉と二人で病院へ。
 女性か男性かも聞かぬまま、「いい人だったらいいね」と言い合いながら、
二人とも目線は出てくるであろうエレベーターを見つめる。
 しばし待つと、エレベーターから出てきた女性が私たちに近づいてくる。
 が、初めましての挨拶の最中も姉を凝視。
 ………?
「りんちゃん?りんちゃんだよね!」
 と姉の名を呼ぶ。
「………?」
「ほら、私!きみこ!」
「あーーー!きみちゃん!」
 なんと、姉の中学の同級生だったのだ。
「うちの会社、この病院からの紹介は受けないことにしてるんだ。だって、この病院の包括、全然動かないって評判なんだよ」と。
 姪がお願いした人にお世話になったことがあって、お返しの意味もあって一人だけ担当させてもらうねと引き受けてくれたらしい。
 ありがたい。本当に、本当に。
 ここまでは嫌な思いも色々したけれど、この先、施設のことや申請のことやちょっとした相談までも、本当に親身にしてもらっている。
 ケアマネジャーは忙しい。ケアプランをたて、色々な手続きや申請をする。
 ただ、何もしないケアマネジャーがいるのも事実。
 必要以上の介護用具をあてがい、無駄なレンタル代を払わせ、結果、自力で何も出来なくなって寝たきりになったりするのだ。


 私は今、介護士を目指して勉強している。できれば将来、ケアマネジャーになりたいとも思っている。目指すは母を担当してくれてるケアマネジャー。
 そう、利用者本人は勿論、家族の気持ちや意向を酌み取れるケアマネジャーを目指して。